沖縄の墓地、亀甲墓はこうやって作られていった!

沖縄好きならば、もしかしたら沖縄のお墓というものを見た事があるかもしれません。

また、沖縄県民ならば、沖縄のお墓がどんなものなのか知っていますよね。

日本の本土とはまったく違う形なんです。

なぜあのような形になったのか紹介しましょう。

沖縄のお墓はとにかく大きい

沖縄のお墓は、大きくてゴージャスなのが有名です。

沖縄は日本本土から遠く、中国との交流もあったので独自の進化を遂げたものが多いですよね。

お墓もそのうちの一つです。

沖縄のお墓は、亀甲墓と言います。

読み方は「かめこうばか」「きっこうばか」です。

また、沖縄の方言だと「カーミナクーバカ」と呼ばれます。

このお墓は、まるで中国の宮廷のような形をしていると表現できます。

または、浦島太郎に出てくる竜宮城のようだとも言えます。

亀甲墓の由来は、お墓の屋根にあります。

屋根は丸く、それがまるで亀の甲羅のような形をしているため、亀甲墓と言います。

亀甲墓は日本本土にあるような、長方形のお墓ではありません。

屋根があり、入り口のようなものまであるので家のような形をしています。

知らない人が見たら、神様のための家かな?とかなにかの宗教的な建物なのかな?それとも自然を利用した倉庫かな?と思ってしまいます。

なぜこのような形になったのかには、理由があります。

天然の洞穴がお墓だった

沖縄地方には、天然の洞窟がたくさんあります。

ガマと呼ばれていて、太平洋戦争の時にはガマを避難場所として、一般市民が隠れていましたよね。

そのガマは、昔は亡くなった人を葬る場所だったんです。

いわば、自然のお墓です。

その場所に遺体を置き、遺体が自然になくなる風葬が一般的でした。

自然の洞窟から、掘る洞窟へお墓が変更になった

自然の洞窟に遺体を風葬する時代が終わると、次にできたのが掘る洞窟のお墓です。

自然の洞窟が足りなくなったのか、それともお墓という概念ができたのか、お墓を作るようになりました。

ただし洞穴にはドアがありません。

そこで、それにドアをつけるようになりました。

石を積んでできたドアだったり、漆喰でできたドアです。

それも自然の流れとともに、ドアを装飾するようになりました。

そして屋根を亀甲羅の形にした事で今のような形になりました。

どうして亀甲墓の形になったのか

亀甲墓の成り立ちは分かりましたが、なぜ亀の甲羅のような屋根にしたり、ドアをつけるようになったのでしょうか。

それには、中国が関係しています。

前述した通り、沖縄は中国の影響をたくさん受けています。

そして、中国南部には亀甲墓と似たようなお墓が存在します。

これが、亀甲墓の起源です。

しかし、中国のお墓は個人のお墓です。

しかし沖縄では、お墓は家族のものです。

また、同じ亀甲墓の形ではあっても、少し違うところもあります。

そのため、沖縄の亀甲墓は中国の影響を受けてはいるけども、沖縄独自の進化を遂げたお墓です。

内地墓などもありますが、沖縄にしかないお墓が多いのが特徴です。